福田首相の辞任

 昨夜、帰宅してテレビをつけたら、福田首相が記者会見をしていたので、「これは辞めるんだろうな」と思って見ていたら、案の定、辞任記者会見だった。
 今回の辞任劇を見て、思ったことは次の2つである。
 まず、突然、政権を放り出す総理はいずれも、あまり苦労せずに総理になった人ばかりということである。細川元首相、安倍元首相、そして福田首相は、いずれも時の勢いであれよあれよという間に首相になった。簡単に手に入った総理の座は手放すのも早いということだろうか。これに比べて、死に物狂いの苦労を重ねて総理になった大平元首相は文字通り死ぬまで総理の椅子を手放さなかった。もし、次に麻生さんが総理になるとしたら、この人は総理になりたくて仕方がなくて、ようやく総理になれるわけだから、そう簡単には辞めないということになる。やはり、総理大臣にはどうしても総理になりたい人がなる方がいいのかも知れない。
 次に、福田さんは本当にうんざりしたんだろうなぁという同情である。政治の世界には、妬みや嫉妬から来る誹謗中傷や足の引っ張り合いなど、うんざりすることが山ほどある。昨夜、福井県議会の元同僚と電話で話したら、「政治家を続けるのは、うんざりしている自分との戦いだ」と言っていた。政治の世界は、古今東西、うんざりするものなのか、日本の政界がとりわけうんざりするものなのかは、僕には判断がつかない。
 本日付の日経の「春秋」が、ポイント制が変えた柔道に喩えて、日本の政治も政策の説得力や一貫性より相手を追い詰める粘着力が「有効」で「効果」があるものに変わってしまったと説明している。民主党の小沢代表が見事な一本を取ったわけではないが、福田首相は技を仕掛ける間もなく、試合の途中で息が切れてしまったという訳だ。日本の政治が面白くないのも無理がない。